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大阪高等裁判所 昭和61年(ラ)258号 決定

破産者昭和工業株式会社

抗告人(債務者)

破産管財人南川博茂

相手方(債権者)

金星ダイキン空調株式会社

右代表者代表取締役

五十川浪夫

第三債務者

大成建設株式会社

右代表者代表取締役

佐古一

主文

一、原決定を取消す。

二、債権者の本件債権差押命令の申立を却下する。

理由

第一、本件抗告の趣旨と理由は別紙記載のとおりである。

第二、当裁判所の判断

一、動産売買の先取特権に基づく物上代位権を行使するためには民法三二二条、三〇四条一項に基づき先取特権者自らが債務者の第三債務者に対する売買代金をその払渡前に差押えることを要するところ、その差押には民事執行法一九三条一項所定の「担保権の存在を証する文書」を執行裁判所に提出しなければならない。

この「担保権の存在を証する文書」(以下「担保権証明文書」ともいう)とは、同法一八一条一項一号ないし三号、同法一八二条との対比、それらの立法の経緯、先取特権の実効性の維持、債権者の保護などの諸点を考慮すると、必ずしも公文書であることを要せず、私文書をもつて足るし、一通の文書に限らず複数の文書によることも許されるが、それによつて債務者に対する担保権の存在が高度の蓋然性をもつて証明される文書であることを必要とする。観点をかえてみると、それは必ずしも債務名義またはこれに準ずるものであることを要しないが、そこには文書をもつて担保権の存在を証明することを要する一種の証拠制限が存在するといえる。

したがつて、右の担保権証明文書は動産売買の先取特権に即していえば、債務者が直接関与して作成した債権者、債務者間の売買、債務者、第三債務者間の転売に関する売買契約書等のいわゆる処分証書がこれに該ることはいうまでもないが、前示民事執行法一九三条一項は厳格な法定証拠を定めたものではないから、債権者、債務者、第三債務者らの関与した基本契約書、納品伝票、運送業者保管の商品受領書(転売先の押印あるもの)など複数の文書を総合して、担保権の存在が高度の蓋然性をもつて肯認される場合には、同条所定の担保権証明文書といつて差支えない。

しかしながら、担保権証明文書を定めた前示法意に照らすと、債務者又はその代理人以外の債権者、第三債務者らが事後的に作成した上申書ないし陳述書などをもつてこれに充てることはできないものというべきである。

二、本件事件記録中の担保権証明文書として債権者が提出した文書をみると、原審で提出された破産前の債務者会社(以下「債務者会社」という)作成の債権者に対する注文書、債権者の債務者会社あての見積書(二通)、債権者作成の大阪ダイキン空調株式会社あての機器発注書、同会社の債権者に対する納品報告書(四通)、債権者作成の債務者会社あての納品書(四通)、請求書二通、債務者会社振出の受取人を債権者とする約束手形三通、大阪地方裁判所作成の破産宣告告知書、債務者会社作成の第三債務者あての注文請書、第三債務者大阪支店長作成の債務者に対する確認書などを総合すると、次の事実を認めることができ、他にこの認定を動かすに足る証拠がない。

(1)  昭和六〇年一二月一九日債務者会社は債権者あてに本件空調室外機三台、室内機計二四台を工事名千寿ビル御堂筋、納入場所日倉内などと記載した注文書を提出し、同日債権者は債務者会社あてに右注文書に応じた見積書(金額六〇五万円)を交付した。

(2)  昭和六一年一月二七日債権者作成の債務者会社あての見積書が出され、従前の見積書の一部を合意解約して追加分を加えて変更し、金額は一一二万五、〇〇〇円となつている。

(3)  昭和六〇年一二月一八日から昭和六一年二月一二日までの間前後三回に亘り債権者から大阪ダイキン空調株式会社(以下、「大阪空調」という)あての機器発注書が出され、これには工事区分OT〜一五二、(株)日倉へ直送などの付記がある。

(4)  昭和六〇年一二月一九日から昭和六一年二月一四日まで三回に亘り右大阪空調から債権者あての前示受注機器を最終納入先千寿ビル、お届先日倉明石とする出荷の報告書が提出されている。

(5)  昭和六〇年一二月二〇日から昭和六一年二月一五日までの間三回に亘り債権者から債務者会社に対し本件物件三一台の納品書が提出されている(但し、昭和六〇年一二月二〇日納入分四台は昭和六一年二月一五日に返品され、それを示す△印が付されている―記録三一丁)。

(6)  昭和六〇年一二月二五日から昭和六一年二月二五日までの間三回に亘り債権者から債務者会社に対し合計五八八万五、〇〇〇円の代金支払請求をしている。

(7)  昭和六一年一月二〇日から同年三月二〇日までの間三回に亘り債権者は債務者会社あてに右代金支払のため合計右同金額の約束手形を振出している。

(8)  昭和六〇年一二月一九日債務者会社は第三債務者に対し、千寿ビル改修工事に伴う設備工事一式金額四、二六八万円、科目ホテルパシフイック新築と記載した注文請書を提出している。しかし、この注文請書からはこの設備工事一式の内容は不明で本件空調機器の設置に限られるのか、他の機器の設置をも含むかは分らない。

(9)  昭和六一年五月七日債務者会社に対し破産宣告がなされ、債務者が破産管財人となつた。

以上の各事実を併せ考えると、債権者は債務者会社に対し昭和六〇年一二月一九日及び昭和六一年一月二七日付売買契約に基づく本件空調機器の売買代金債権を有していることを認めることができるが、債務者会社が第三債務者に対し右物件の売買(転売)代金債権を有しているとは認められず、債権者自らが主張するように債務者会社が第三債務者との間で昭和六〇年一二月一九日に締結した前認定(8)の契約は請負契約であつて、債務者会社は第三債務者に請負代金債権を有するにすぎない。もつとも、この請負工事に債務者会社が債権者から前認定(1)、(2)の売買契約により買受けた本件空調機器を使用した事実は前認定の各事実を総合してこれを推認することができる。

三、ところで、民法三〇四条に基づき先取特権の物上代位権を行使するには、同条一項所定の先取特権の目的物が「売却、賃貸、滅失又ハ毀損」され債務者がこれに「因リテ」「受クヘキ金銭」を有する場合、即ち、第三債務者に対し転売代金債権等を有する場合であることを要するところ、本件においては前認定のとおり本件空調機器が債務者会社から第三債務者に売却されたものではなく、これを請負工事の材料として提供したものにすぎないものというほかない。

ところで、請負人にその工事材料を供給した者は請負人が注文者から受けるべき報酬、即ち請負代金に対し先取特権を行使できないのであつて、このことはそれが同条一項の目的物の売却、賃貸、滅失又は毀損によるものでないことから明らかである(大判大二・七・五民録一九輯六〇九頁参照)。もつとも請負代金債権とはいつても、その実質が転売と異らないような場合、たとえば提供した材料に僅かな労務を加えてこれを現場に設置したにすぎず、その物の種類を変更することなくまた他の主物に附合しないでもとの物のまま特定性を維持して存在するときなど、特段の事情がある場合の請負代金にはそれが売却代金に準ずるものとして民法同条項を類推して先取特権の物上代位を許してよいが、債権者が提出した担保権証明文書により認められる前認定の各事実、本件当事者の主張の全趣旨を併せ考えると、本件の債務者会社の有する請負代金債権につき右のような特段の事情があるとは認められず、その請負工事代金債権額四、二六八万円と本件空調機器の売買代金額五八八万五、〇〇〇円との対比、その工事名「千寿ビル改修工事、ホテルパシフイック新築」など諸般の事実に照らし、むしろ本件空調機器は請負工事の結果主物たるビルに附合し物として独立性、同一性、ないし特定性を失つたものと推認でき、これが前示実質上転売代金と同一視すべき特段の事情にないのではないかとの合理的疑いが生じ、これを払拭するに足る的確な証拠はない。

なお、債権者提出の債権者代表者作成にかかる報告書(記録四二丁)には右特段の事情の一部をいう部分がないではないが、右報告書は債務者またはその代理人以外の者が事後的に作成した陳述書に当り、前示のとおり民事執行法一九三条一項所定の文書による証拠制限を回避する文書であつて担保権証明文書に当らないし、その内容も前掲各証拠に照らし遽かに措信できない。

第三、結論

よつて、本件においては民事執行法一九三条一項所定の「担保権の存在を証する文書」の提出がないというほかないので、その余の判断をするまでもなく債権者の動産売買先取特権の物上代位に基づく本件債権差押の申立は失当としてこれを棄却すべきである。したがつて、これを認容した原決定は相当でないからこれを取消し、債権者の本件債権差押の申立を却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官廣木重喜 裁判官諸富吉嗣 裁判官吉川義春)

抗告の趣旨

一、原決定(債権差押命令)を取り消す。

二、相手方の本件債権差押命令の申立を却下する。

三、手続費用は、第一、二審を通じて相手方の負担とする。

との裁判を求める。

抗告の理由

一、原決定は、先取特権による物上代位権が存在しない(同権利が及ばない対象にあてられたものである)ことを看過して、なされたものであつて、違法である。

二、すなわち、相手方の主張にかかる「被担保債権・請求権」は、商品の売買代金債権であり、一方、原決定に摘示されている「(被)差押債権」は、工事請負代金債権である。

(破産者)昭和工業株式会社(以下「破産会社」という。)においては、原決定に摘示されている、商品を相手方から買い入れ、第三債務者に販売(転売)したような事実はない。

破産会社は、相手方から買い入れた商品を材料として用い、請負工事を完成させたものである。

このような商品を単純に他に転売したのではない場合に、工事請負代金債権を以て、商品売買代金の代替物と見ることは、不当、違法である。

三、原決定は、先取特権の効力の及ぶ物上代位の対象物とは認められない請負代金債権に対して差押をしているのであるから、取り消しは免れない。

(大阪高等裁判所昭和五九年七月一六日決定 判例時報一一三三号八三頁以下、大審院大正二年七月五日判決 民録一九輯六〇九頁以下(何れも末尾添付)

四、剰え、破産会社と第三債務者間の昭和六〇年一二月一九日付工事請負契約については、その契約代金は、四二六八万円と定められていたところ、その支払は、契約締結時と竣工時の二回に分け、各その二分の一を支払うとの約定であつた。

そして、契約締結時の半金(二一三四万円)については、その授受は、昨年中に終つており、目下、第三債務者から抗告人に対して支払われていないのは、残りの半金(並びにその他の追加工事代金)であつて、上述した請負代金という相違を扨置いたとしても、相手方の主張にかかる該売買代金なるものが、工事の実施に先立つて、当該工事用材料の買い受け等に用いられた受領済みの締結時の半金の中に含まれている蓋然性もあり、原決定における差押にかかる請負代金(残代金外)を以て、該売買代金の代替物と目することは、何れにしろ不当、違法である。

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